サクラ、サクラ
B
 

 

          





 これもまた物資や生活が豊かになったことでの“趣味・嗜好の多様化”の現れか、球技スポーツと言えば誰しもが真っ先に思うものは“野球”しかなかったような一頃に比べれば、バレーにサッカー、テニスにラグビー、卓球やゴルフに至るまで。種々様々な他のスポーツも、随分とその支持者や愛好者の層の幅を厚くしつつある今時の日本であり。セナたちが関わるアメリカン・フットボールもまた、テレビや情報誌などという普遍的メディアで扱われる機会も格段に増えて、ここ最近めきめきとその認知度を高めている模様。そんな日本のアメフトの、大学リーグの最高峰、一部リーグの連続チャンピオンという最強チームを擁するU総合大学に所属する、今年二回生の進清十郎さんは、高校生時代から全国レベルで…いやいや本場アメリカへまでその名が知れ渡っていたほどに、俊敏で強力、巧みでもあったプレイでもって超有名人だったラインバッカーさんで。深い洞察や的確な判断へ、俊敏なめらかに身体が対応出来る、桁外れな反射神経と高校最速の俊足と。それに加えて…たとえ隙を衝かれたとしても、半身片腕という…本来なら振り切られて同然の反射的な対応で、加速のついた相手をがっつりと捕らえ、フィールドへ容赦なく引き倒すことが出来るというから。鋭くて豪快な“鬼神の槍”のような一撃必中のタックルを得意とする、正に最強無敵の追撃ミサイルのような人。
(おいこら) こんなに激しいスポーツの花形選手であるにしては、修行僧のように寡黙で寡欲で自分に厳しく、フィールドから離れてしまうと、無口で恐持てがして取っつきにくいばかりな青年と化してしまうのだが、

  “そんなことは ありませんようっ。”

 そりゃあ…いつだって きりりと引き締まったお顔をしている進さんで、それって誰にだって何にだって真摯に向かい合おうとする人だからのことであり、そんな心掛けが滲んだ凛然とした男臭いところが、あのその、人懐っこくて やわらかいものがウケてる今時には怖そうなばかりに見えるのかもしれないけれど、本当はね?
“ちょっぴり不器用な、純朴な人だってだけなんだから。”
 小さい頃からのずっとずっと、お爺様から言い聞かされてた“正しく強い人であれ”という教えを、そりゃあ素直に守り続けてて。心身共に強くて真っ直ぐで、明日へ連れて行ってもいいっていう、誰にも恥ずかしくない人であろうとして。自分とばかり向かい合い、これではまだ足りない まだ不十分だと、自分を戒めては鍛えること以外、何にも知らなかった進さんで。………だから、

  “あまりに頼りないボクを見てビックリしたのかもしれない。”

 そんな風に鍛えて鍛えて強くなった進さんに引き換え、痛いのや怖いのはイヤだからって、逃げてばっかりいたボクはといえば。小さくて非力で度胸もなくて。あんなにも頼りなくって大丈夫なんだろうかと、ちゃんと歩いて行けるのだろうかと、そんな風に心配してくれたのが、もしかしたら始まりなのかもねと、時々思わないでもないセナくんだったりするのだそうで。………ダメじゃん、そんな自信のないことじゃあ。

  “だって…。”

 だって進さんは、そりゃあ凄い人だから。何につけ自分に厳しくて、しかもそれをきっちりと貫徹出来てる人だから。誰だって少なからず甘えて流されるようなことにも、きっぱりと自分の意志で断じて“いけないことは いけないこと”と背を向けていられる、強靭な心根を持ち続けていられる強い人。人から嫌われたくなくて いけないことと指摘出来なかったり、皆がそっちを選ぶのなら まあ良いかななんて言い訳しながら、ズルしようと怠けたり。時に弱気になって甘えた方を選んでしまうということのない、眩しいくらいの“正義正道”をいつでも呈することの出来る、心根までも強い人。だから…少しでも疚しいところへの自覚がある者には正視出来ない、シミ一つない“潔白”をいつもいつも胸を張ってまとっていて。そんなところが…頼もしくはあるけれど、同時に近寄り難い壁にもなってたらしいのだけれども、
『セナくんと付き合うようになってからはサ、あいつ随分と人が丸くなったんだよね。』
 ただひ弱で小さな存在だというだけじゃあないんだなって、愛らしい仔猫の胸に染むような“愛らしい”という形容詞の切なさがちゃんと理解出来るようになったのも。どこからか花の香りがしたのへ、何処からだろうか何ていう花だろうかと、その注意が擽られ、関連する思考の枝葉が…何とか二つ三つまでなら連動して開くようになったのも。漠然とした“前方”しか見てはいなかったあの朴念仁の、余裕があるやらないやら、無味乾燥しきってたには違いなかろうその視野の中へ、そりゃあ生き生きと飛び込んで来たセナくんが、奴の狭小な思いが及びもつかないほどに豊かな感性をしていたから。嬉しいとか楽しいとか、困ったなとか、怖いけどでもでも頑張ろうとか、様々に細やかな機微や笑顔を持ち込んでくれて。それって何だろうってあっさり魅せられちゃったから、今の…多少は判りやすくなった進があるんだよと。

  “………桜庭さんって、時々 言うことが大仰なんだもの。///////”

 いやいや、これに関してはなかなか的を射ている方だと思いますがね。そんな進さんの様子が何だか訝
おかしいのだと、蛭魔さんが教えてくれたのは、大学生としての新生活が始まったばかりなその初日の放課後のこと。

  『進の野郎の様子が訝しいんだとよ。』

 部活の後、話があるから居残れと さりげなく囁いて下さった先輩さんから付け足されたそんな一言へ、
『………え?』
 理解したその途端に、あっさりと身が固まってしまったセナだったりし。それ以外は何も考えられなくなってしまったらしいと、これまた素早く踏んだ金髪の悪魔様。この様子では仕方がないと思ったか、一緒に帰ろうぜとセナを待つ様子を見せた雷門くんへの言い訳までしてくれた蛭魔さんで。

  『今から秘密の“ブツ”の買いつけに行くんだよ。』

 少々お顔を伏せがちにして、お声まで思わせ振りにも低くして。お前には…そうさな、俺らのアリバイを作ってもらおうかな。セナと一緒に居ましたって答えられるように、何処にも寄らず、出来るだけ人に見られないようにして、真っ直ぐ家へ帰ってろ…と。一体 どこのシンジケートの“ピカレスク・ドラマ”ですかいというよな言いようをなさった先輩さんだったのだけれども、
『…わ、判りましたっ。』
 しゃちほこばって、敬礼までして、さかさかとドアへ向かったモン太くんは、そういえば。
“デスマーチ特訓でアメリカへ行った時、蛭魔さんの銃の買いつけにも付き合ったもんな。”
 つまり…そんなせいで、具体的に何をとは言ってない蛭魔さんであるにも関わらず、そんな突拍子もないことが、この人に限ってはあり得そうな話だと思った彼なのかも知れないということで。
“しかもきっと…確信犯。”
 蛭魔さんも、モン太くんがそんな風に“誤解するだろう”と見越してたに違いない? それは言えてますね、うんうん。
(苦笑) 相変わらずの悪魔のような演出家ぶりと口八丁も健在なご様子で。それでもね、これでも随分と人が丸くなった方。シャープに引き締まった肢体は、試合中はあんなにも威風堂々としていて強靭そうなのに、普通のお洋服に戻ると一気に…玲瓏佳麗な佇まいに塗り替えられてしまう。淡い色合いの灰色の瞳に、線の細い面差しや綺麗な手。毅然としている内は、やっぱり只ならないほど強かそうな人なんだけど。あのね? 何にか視線を注いでて、こちらへは無心な横顔を晒している時なんか、そういった繊細そうなところばかりが際立って、何とも言えない妖麗な雰囲気を帯びてしまうから不思議な人で。
『…ただ底意地が悪そうな、怖い人にしか見えないけどもな。』
 雷門くんはそんな風に言ってたけれど、セナくんは…そういえば色々と知ってたり聞いてたりするからね。相変わらずにワンマンで、人を操るのがお得意で。実際の話、今の御時勢では…現金を持ってることよりそういう人さえ自在に動かせるということの方が好き勝手を通せるほどの“情報”の時代。途轍もない量と厚さの人脈を持ち、それを全てしっかり把握し操作出来る緻密な頭脳をも誇る、底の知れない人。そういう手腕を振るえば十分に“陰のフィクサー”として素知らぬ顔のままコトを運べる凄腕な存在でありながら、自分もまた表立ったところで活躍し、乱暴で派手な行動の棘々しさでもって人々を辟易させては、関係のない人までが余計な火の粉をかぶらぬようにと、自分から遠ざけて来た…なんていう判りにくい優しさを、その深い懐ろに実は山ほど持ってた人。

  “………ボクにだって。”

 最初は凄っごく怖いばかりの人で、アメフトだって強引に引っ張られて始めたようなもので。でもネ? 気がつけば一杯々々支えてくれてた。これ以上は続けていても無駄だと断じた試合でも、もちょっと頑張りたいと言えば付き合ってくれたし。ボクの方からは気づかなかったところでも、頑張ってるの見ててくれた知っててくれた。進さんと、あのその えっと///////…お付き合いしてたってことへも ずんと初めの頃から気がついてて。経験値の浅い者同士だからってことから時々ふらつく頼りなさへと、そっと手を貸してくれたりしてて。今だって、

  “ひぇええぇぇぇ………っっ!”

 振り落とされないようにしっかり掴まってろと言われて乗っけられたのは、蛭魔さんが大学に上がってから免許を取って、賊学の葉柱さんに探させて買ったっていう、大きなオートバイのタンデムシート。こんなに細い蛭魔さんだってのに、何でこんな物凄いものが牛耳れたりするんだろう。いやいやそれより、
“何で自動車じゃないんですよう〜〜〜っっ!”
 ………そだねぇ。いきなりのタンデムはさぞや怖かろう。自分がその脚でどれほど速く走れても、それとは次元が違うんだもんねぇ。
(苦笑) きっと葉柱さんをタクシー代わりにしてた時、小回りが利く機動性に色々助けられたんじゃないんでしょうか。

  「よ〜しっ、F学舎が見えて来たぞっ!」
  「は〜〜〜いっっ!」

 半分泣き出しそうだったセナくんも、どういう事情から何処へ向かっているのかを思い出し、落ちないようにと掴まってた手に、思わずの力を込めていた。







            ◇



 今の進さんが通うU総合大学はとっても大きな総合大学なので、都心に間近い本校舎とは別に、泥門市のお隣りのF市にも広い敷地の分校舎がある。アメフト部用のグラウンドとかクラブハウスとかはそちらにあるので、セナくんがまだ泥門高生だった去年はね、1駅しか離れてない“お隣りさん”だったんですけれど。この春からはセナくんが晴れてR大学へと通う身となったので、ちょっぴり遠くなっちゃったかな? 進さんも春の対抗戦が始まるとあって、お忙しい身になってしまってて。メールのやりとりが時々途切れちゃったりもするのだけれど。仕方ないよねって、それより…試合でお会いしても恥ずかしくないように、練習、頑張らなきゃなって思うことにしていたの。
「様子が訝しいって、どういうことなんですか?」
 突然の、それも…何だか不安な一言。大好きな進さんのことなだけに、セナくん、やっぱり落ち着けない。大きなバイクを警備の守衛さんから指示された来客用の駐車場へと留め置いた蛭魔さんも、
「俺にもよくは判んねぇんだがよ。」
 はっきりとしない表情のまま、屈んでタイヤにチェーンをかけていた身をすっくと起こし、
「ジャリプロの野郎がな、何だか心配だって言って来やがってよ。」
 漆黒のボトムは、細っこい脚に吸いつくようなスリムなシルエット。バイクだと強い風に晒されるからと、今時の暖かい時候にしては少し厚手なのを羽織ってらした、濃灰色のジャケットのファスナーを降ろして前の合わせを全開にした中から覗くのは、少し深い目のVネックが白い肌を際立たせてる、やっぱり黒のカットソー。挑発的なんだか誘惑的なんだかという、相変わらずのいで立ちをしたそんな彼が口にした“ジャリプロ”というのは、きっと桜庭春人さんのこと。モデル出身のアイドルさんで、端正な風貌と、飛び抜けた長身なのに圧迫感のない、屈託のない笑顔やソフトな人当たりをしているところや、なのに案外と頑張り屋さんで、中学高校とどんなに忙しくても続けていたアメフトでもレギュラーの座を実力で守り続けた実直さや誠実さが、女子中高生たちからOLやお母様方までという幅広いファン層に受けていて。今や同年代のタレントの中では抜群の知名度を誇る俳優さんでもあるのだけれど。

  ――― これは究極の“ここだけ”のお話。

 この、金髪を整髪料でツンツンと尖らせた、いかにも挑発的な見栄えの悪魔さんと、しっとりと両想いの恋人同士というから世の中ってホントに判らない。
こらこら 元はと言えば、勝手を知らない進さんの傍らにいて、セナくんとの恋路を見守っていてくれた…丁度セナくんを見守っていた蛭魔さんのポジションにいた桜庭さんであり、
「電話かけてもはっきりしねぇ声出してるし、機会があって顔を合わせたところが、妙に沈んでやがるのが気になってって話をして来てよ。」
 王城ではチームメイトだったお二人も、今は別々の学校へと通う間柄で。ご実家は変わらずご近所同士だとはいえ、進さんは合宿で、桜庭さんはお仕事で、それぞれにお忙しい身だから。以前ほど当たり前のように顔を合わせるような機会は、なくなってるそうだけれど。何かにつけた心配だからって、桜庭さんたら結構頻繁に、進さんへとメールを出したり電話をしたり、連絡取っていらっしゃるのだそうで。
「お前に言うと心配するよなこととか、順番としてお前に聞くことではないだろうっていうような融通の話だとか。こっちから訊けば、相談もして来るらしいからって事だそうだが。」
 そんな中で伺えた、進さんの様子が気になったらしい桜庭さんだということで。
「ま、お前に逢えば一発で元気が復活すんじゃねぇのか?」
「そんなことは…。///////」
 ここまではどちらかと言えば“真顔”でいた先輩さんが、急にお熱いこったなと冷やかすような言いようになったので、ちょっとばかりたじろいだセナくんだったが、

  「小早川…?」

 駐車場から校舎の方へと続いてた、スレート屋根のついた開放型の渡り廊下。それを辿っていた道行きの途中で、向かってた先から…そんな。どきんとして背条が震えちゃうようなお声がかけられて、
「進さん?」
 ああ、何だか久し振りだなと、まずは思った。セナくんが蛭魔さんの準備した春合宿に参加してほどなく、進さんの方も合宿に入ってしまったので。そうなると逢えなくなるのは当然のこととして、メールやお電話だって頻繁には送れない。最後に会ってからもう半月以上になるんじゃないのかな、そんなこんなを思いながら、気がつけば。懐かしい長身へと駆け寄っていたセナくんであり。辺りに夜陰が立ち込め始めている宵の口。敷地内にはあちこちに常備灯が立てられているのに、お屋根の切れ目という、物陰ではないところで顔を合わせたというのに、あんなお話を聞いてからだからかな? 進さんの表情には何かを案じるような気配があって。ああやっぱり、体調が悪くなったのかそれとも、一流の選手だからこそ見舞われるという“スランプ”か何かで悩んでらっしゃるとか? 深色の眸が覗き込めるほど間近になった、セナくんの大好きな…精悍そうなお顔を“きゅうう〜ん”と不安げに見上げれば、

  「大丈夫なのか?」
  「…はい?」
  「具合が悪いと聞いたのだが。」

  ……… はい?

 相変わらずに“質実剛健”で、色々と省略しまくってる進さんのお言いようだが、すぐ傍らにいたのが…セナくんもよくよく知っている某アイドルさんだったので、彼から話を聞いたぞということなのに違いなく。

  “…とゆことは。”

 進さんからは背後の“死角”に立ってたそのアイドルさんの、印象的な濃榛色の瞳がちらちらと、何か言いたげに揺れているのに気がついて、
「あ…あ、ええ、はい。あのその、何だかちょっと元気が出なくて。蛭魔さんや桜庭さんにも、何だかご心配かけちゃったみたいで。」
 あのねあのね、もしかして。この急なお呼び出し。もしかしたら、桜庭さんが気を回してくれてのものだったのかも。様子が訝
おかしいのはホントだけれど、それをそのまんま言ったって“何だそれは?”と聞く耳持たない進さんだろからって、こんな風にしてセナくんと会うように仕向けて下さった、とか?
“ボクと逢うことで何かがどうかなるのかな?”
 そこまではさすがに判らなかったセナくんだったが、ここは“元気がないセナだ”という運びにした方が良いらしいと、この場の空気を察してお話を合わせようとしたセナくんは…ともかくも。

  「…ったく。そんな詰まんねぇお膳立てをしてやる必要はねぇと思うぜ?」
  「…っ☆」

 危うく“妖一ってば余計なことをっ”と叫びかかった自身の反応へこそハッとしたらしく、焦りつつも自分の口を両手で塞いでから。
“せっかく上手く行きそうだったのに、何でおじゃんにするようなことを…っ。”
 こっそりながらも…やっぱり慌てて、口許に“し〜〜〜っ”と人差し指を立てる桜庭であり。はたまた、
「…あやや。/////」
 こちらはこちらで、無理がありましたか、やはり…と素直に恥じ入って、お顔を俯かせてしまうセナくんだったりもした訳ですが。機転の利く方々によって無言のままに構築されかかってたせっかくの“何かしら”をあっさりと蹴飛ばしてしまった悪魔さん。いかにも“しょうもない奴らだぜ”と言わんばかりな横柄さのまま、一番の当事者でありながら一番事情が判ってないらしい人物の、そりゃあ頼もしい分厚い胸板へぼすんと白い拳を突きつけて、
「こんだけ頑丈な奴を過保護にも甘やかしててどうするよ。」
 腰に手を当て、薄い肩を“やれやれ”とすくめて見せる。
「空気を読むのが得意なチビなら、少しくらい事実に齟齬があっても、それで丸く収まるならばと気を利かせてくれる、こっちの言うままを飲んで話を合わせてくれると思っての乱暴な手だったんだろうが。後になって全部がバレた時に、今度はこいつがどんだけ馬鹿にされたのかって思うかまで、ちゃんと考えてあんのかよ?」
「う………。」
 言われてみれば。嘘八百で埋め尽くされた勝手な段取りには違いなく、ご丁寧にも人の恋心まで見透かした上でのこんな運びに翻弄されたとして、これが自分へと処されたものだったなら…果たして素直に喜べるだろうか。
「心配したからって理由だって、言わば傲慢な自己満足だかんな。人んコトを大上段から見下ろしてるのと一緒だ。いいご身分になれたもんだな、ジャリプロよ。」
「その呼び方すんの辞めてって、いつも言ってるだろっ。」
 真っ向から、しかも冷静に解析されたことでさすがにカチンと来たのだろう。日頃の温厚さは何処へやら、桜庭さんも負けてはいないという臨戦態勢になり、
「セナくんや進から非難されるならそれも承知だけどサ、なんで妖一から叱られなきゃいけないかな。自分だって自分の都合に合わせて人を駒扱いしたり、体のいい小道具扱いにしたりするじゃないか。」
「ああそうだ。ただ、俺とお前では決定的に違うとこがあるんだよ。」
「なんだよ、それっ。」
「俺は相手の情けや同情に甘えたりはしねぇからな。意を酌んでくれよなんていう、情けない目配せなんかは必要とはしねぇ。」
「逆らったらどうなるか、判ってんのかよっていう睨みを利かせるっていうんだろ? そんなの威張れやしないんだからねっ。」
 あらあら、これってもしかして…。
「あ…あのっ。」
 お互いにそりゃあもう鋭いお顔になってしまって、
“あのあの、桜庭さん…。”
 蛭魔さんの方が…そのまま相手を睨み殺しちゃうんじゃないかっていうような、鋭くも迫力のあるお顔をするのは見慣れてもいたけれど、
(それもどうかと)
“桜庭さんも怖いです…。”
 日頃はそりゃあソフトで温かな、傍らにいるとホッとするよな雰囲気と笑顔でいる桜庭さんしか、あんまり知らないセナくんにしてみれば。ドラマの設定でだってこんな怖いお顔で怒ってるトコなんか見たことないようと思ったくらいに、爆発しそうなまでの気迫が籠もった憤怒のお顔。何で心配して下さったお二人が喧嘩しちゃうの?と、おろおろしかかったセナだったが、

  「…小早川。」

 新たな展開へとなだれ込んでる状況に、ハラハラとしてのことだろう、大きな瞳を落ち着きなく震わせている小さなランニングバッカーさんの肩へと手を置き、
「走るぞ。」
 この騒動の大元ながら…やっぱりよく判ってはいないらしいラインバッカーさんが。短い言いようをしたのへと、
「え? あ、はいっ。」
 言ってすぐという間合いにて。ザッと、自分から先んじて離れて行ってしまいかかった身を追って、彼が撒き起こした風に乗るように後へと続く。トップスピードが凄まじいレベルであるが故の、速やかでなめらかな彼らの疾走は、だかだかと無様に足音を立てるような走りではないがため。気づいてから視線を巡らせていたのでは、陰にさえ追いつけないほどの見事な逐電でもあって。

  「…チッ、手に手を取って逃げやがったな。」

 目線だけをちろりんと、さっきまで彼らがいた辺りへと投げた金髪痩躯の悪魔さんが。辺りに彼らの気配がなくなったことを確かめてから、は〜あと投げ出すような吐息をついた。
「…ったく、いつまでもいつまでも、世話が焼ける奴らだぜ。」
 あやや、そんなお言いようだってことは。それじゃあやっぱり…。
「ビックリしたじゃないか。いきなり喧嘩吹っかけて来るなんてさっ。」
 アイドルさんはアイドルさんで、打ち合わせがなかった、しかも険悪なお芝居を振られたことへの非難の声を上げているから。そうですか、やっぱりさっきの喧嘩腰は、本気のそれではなかったと。
「大体サ、進の様子が変だって気がついたのも妖一なんだのに。」
 おやおや、そうだったんですか?
「練習を2、3度観に行ったってだけで“スランプなんじゃないか”だなんて突然言い出して。」
 別に防御の楯を抜かれていた訳でもなかったらしいのにね。何だか覇気が足りないとか言い出して、セナくんとあんまり会ってないってこと、セナくんの側の様子から割り出したその途端に、逢わせに連れてくから呼び出しとけなんて、勝手な段取りを一気に組んでくれちゃってサ。今日はオフだったから、僕も体が空いてたっていやぁ空いてたんだけれど。

  「妖一こそ過保護だよね。」
  「あんだよ、それ。」
  「だってさ」

 判ってる。進の元気がないってのは、そのままセナくんへも伝わるんだろうから。その結果、良い影響は出さないって先読みをした上で、防御策としてながら…こんな粋なことだって立ち上げてしまう人。判ってる。この人には今のところアメフトが一番だから、それつながりであるならば、何にだって骨惜しみしないんだってことくらい。ただ………。

  「…セナくんのこと、庇った。」
  「???」
  「さっきの話運びのままだと、セナくんの方が体調とかが悪いって事になる。」
  「…まあな。」
  「それがヤだったんでしょ?」
  「………。」
  「セナくんの方に皆が気を遣ったって話にしちゃうのが、ヤだったんでしょ?」
  「悪いのかよ。」
  「セナくんにばかり嘘つかせるのもヤだったんだ。」
  「…おい。」
  「いつだってセナくん優先なんだもんな。」

 そこんところがね、ちょっとだけ引っ掛かったの。自分よりも先に親しくなってたセナくんだし、あまり人を自分へ寄せまいとしていた蛭魔が、唯一 親身になってあれこれ気を回してやってる秘蔵っ子で…ってのだって重々知ってる。でもサ、それとこれとは別なんじゃない? あの進が微妙に調子を崩してたらしいのに負けないくらい、自分たちだってあんまり逢う機会を作れてない。広場みたいになってる向こうの、白っぽいフェンス沿い。同じ種類の樹が延々と並んでいるのが眸に入る。街灯に照らされた緋白の花たちが、宵闇に呑まれて沈みつつある暗い背景に映えて目映いほど。満開そこそこの桜たちが、そりゃあ綺麗で…なのに切なくて。これが今年初めて二人で一緒に見た桜なんだなって思ったら、何だかなって気がして来た桜庭くんでもあったらしい。
“セナくんには、わざわざ腰を上げて動いてあげるくせに。”
 こんな駄々こねるなんて みっともないな。でも、口惜しいってのが正直なところなんだもん。双方ともに毎日忙しいんだからしょうがないって? じゃあ何で、そんなボクらがこうして今、顔を突き合わせているんだよ。

  「なあ…。」

 やはり同じ方向を見やってた白い横顔が、ぽつりと呟く。返事はしなかったけれど、ちらっとそっちを向いたのに気づいたか、宵闇の中、桜花に負けない白くて端正なお顔を浮かび上がらせて。桜庭の、誰より一番大切な人は…こんなことを呟いた。


  「…お前には、そんな気を遣わなくたって良いんじゃなかったのかよ。」


 冷たいところへぽちんと点のように落ちた温かいものに。………あ、と。思って、胸がきゅんとした。嬉しかったし、同時に恥ずかしいとも思った。ああそうだよね。日頃からもっと甘えてよって言ってるのに、強がらなくて良いって言ってたのに。なのに、なんてこと。遠慮なんか要らないって言ってたのに、何を大人げない駄々こねて困らせてるかなと。今、気がついて…それから、ひどく恥ずかしくなってしまった桜庭で。

  「うん…。///////」

 ごめんねと、吐息のような小さな声で言ってから。そぉっと横へと手を伸ばして、そぉっと指先が届いた、少し冷たい妖一の手。払いのけられるかなって怖がってたら、くすすと笑って向こうから捕まえてくれてね、ぎゅうって握ってくれたですvv 相変わらずに奔放だけれど、手が届くとこで待っててくれるようになった。我儘なように見せてて実は大人で。寂しいって感情をよくよく知ってるくせに、なのにね、気づかなくたっていいんだぜなんて強がっちゃう…切なくなるほど優しくて可愛い人。


  「ねぇ、進ってばホントにスランプだったの?」
  「さぁな。いくら俺でも、遠目に見ただけで判るもんじゃねぇっての。」
  「………は?」
  「あ〜あっと、腹が減ったな。もう帰んぞ。」
  「あ、うん。でも、セナくんたちは?」
  「バ〜カ。チビんチはここの隣町だし、進はここで合宿中。」
  「あ、そか。/////// …って、もしかしてバイクで来たの?」


 ああと頷いた愛しい人から、お前は?と問われ。今日はガッコからだったから電車で来ましたと正直に白状したアイドルさん。今夜ばかりは諦めて、オートバイの後ろに積まれて“お持ち帰り”されるしかなさそうですなvv

  「不満だったら電車で帰れ。」
  「そんなそんな滅相もないvv」

 人目がないのを良いことに、大好きな痩躯を懐ろへと掻い込んで、すっかりとご機嫌が直ったらしきアイドルさんだったそうで。……………で。どうでもいいけど
(いいのか?)結局、進さんは何がどう不調で様子がおかしかったんでしょうかしら。


   …………………なんつってvv


 はいvv もしかしなくともこれって、素直じゃない誰かさんが仕立てた“春で桜も綺麗だってのになかなか逢えなくて。逢いたいけどこっちからは言いにくいじゃねぇか馬鹿やろが”大作戦だったようですよ? ホントの標的だった人がそれに気づくのは、きっともっとずっと先のお話なんでしょうけれどvv







  〜Fine〜  05.4.07.〜4.18,

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  *ななな何だか、間を空けたら主役がすっかり変わっていたりして?
(笑)
   いえ、ウチは“進セナ・ラバヒル”サイトですんで、
   そこんとこへも触れときたくなりまして。
   …って、ますます“進セナ色”が薄れてないか?
   アニメにそうまで翻弄されとるのだろうか?
   今週なんていよいよの進さんの登場だってのに、
   しっかりしろ、自分。
(ううう…)

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